個性の定義

自分に個性がないことを知っている。
常に自分は普通の人間であると言い聞かせている。
そこから自分が今何をできて、
何をすべきでないかを考えている。
夢を思い描くのもいいことだが、
今の現状を受け入れ考えることも必要なのではないだろうか。
「個性が重視される世の中だ」といって
自分の個性を探す行為そのもの自体が
すでに個性のない行動なのである。
流行を追い求めることも、
すでに個性のない行動なのである。
皆が皆、同じものを追求すれば、
結果的に皆同じになるのである。
自分はどういうものなのかを認識することで
自分の個性について少しはわかるのかもしれない。
そして大抵の人間には実は個性はないのである。
考えること、感じることは、
皆同じ人間なのだから、大差はないのである。
そのことに気づけるか、そうでないかによって
個性への概念は変わるのではないだろうか。
個性がないことを知ることによる個性。
つまり、それは「無個の個」といえる。
では、「個性」とは一体何なのだろうか。
「自分とはこういうものである」
と自己で認識しているものこそが個性なのだろうか。
それとも、他者からの自分の評価が個性なのだろうか。
しかし、他者から見た自分の評価、
つまり、他者に見せている自分の個性というものは、
大抵が自分の演出やキャラ作りから来ているものであり、
自分そのもの個性とは言い難いものである。
逆に、最初に挙げように、
「自分とはこのような人間である」として他者に提示したものと、
実際の他者からの評価にも相違点はある。
さて、個性とは、自分の真実とは、一体何のだろうか。
そして、このようなことを書いて、
自分が異質であることを提示しようとする行為もまた、
個性のない行動であるといえる。